■いくつもの作品展やイベントやってきたけれど、この『般若心経展』はボクの心に残る大切な作品展の一つだ。
なぜかというと作品展のネーミングに「般若心経」という仏教経典の名前を使っていいのだろうかという葛藤がボクの中にはあった。フェースofワンダーが一つの宗教に色付けされ、勧誘活動のようなものとして誤解されるのではないかとか仲間たちには当然様々な宗教を持つ人たちもいるから、嫌だと思われる人もいるだろうなとか・・・ほら、支持政党とか宗教とかの違いは、なかなかみんな口にはしないけれど、微妙な違い、タブー/壁をボクらの中に作っていく。『般若心経展』はその琴線に触れるのじゃないかという懸念がボクの中に渦巻いていた。
だから、般若心経の世界をなぜ仲間たちと表現したいと思っているのか、どのような表現法を考えているのか、などについてボク自身が徹底した問い直しをしなければいけなかった。それに2年ほどはかけただろうか?
で、たどり着いた結論は「アート/表現にはタブーはない。境界もない」「それを超えていくのがアートだ」という、当たり前のもの。
260余文字に描かれた般若心経の世界は人々を分断するものではないという確信をボクが持てるかどうかがどうかが問われているんだということに気づいたのだ。
それから時間をかけて、仲間たちと心経の一文字一文字をいろいろな大きさの紙に書き、着彩し、切り抜いていくという作業が始まった。文字の大きさは自由。色も形も模様も、文字として読めなくったって、もちろんok!仲間たちのお母さん、お父さんも仲間に加わっていった。
そんな風にして、線を越える、なんでも在りのフェース流心経文字が生まれていった。
それを藤沢にある蔵まえギャラリーの壁にびっしり飾った。文字で埋め尽くしていったのだ。どこにもない文字と色彩と線と時間の融合した世界が生まれた。(と、今でも自負している、笑)
さらに面白いのは、展示期間中に来日していた東パキスタンの民族音楽楽団がこの空間を使って、演奏する機会があったことだ。激しいイスラムの民族音楽とフェースofワンダーの心経文字が揺れて、国境を超え、文化を超え、宗教を超え、シンクロナイズされながら一つの世界を作り出した。
いろいろなものが出会い、揺れる・・・忘れられない作品展になった。