夜空から降りて来る電車

フェースofワンダーをやっている駅ビルの三階に来ると、キミはいつものように画材を机の上に放り出して、大きなカーテンの後ろに走っていく。
きょうは木枯らしの吹く寒い夜。
みんなが集まる時間になると陽は落ちて、わずかに赤く染まった丹沢の山並みが西の空に浮かぶ。
キミは大きなガラス窓に張り付き、暮れていく空を見上げ、それから街中を走ってくる電車をじっと見る。
近づいてくる電車の音は聞こえないけれど、ゆっくり電車はホームに滑りこんでくる。
キミは息をつめたように黙ったままそれを見つめている。
しばらくして、ボクは声をかける。
「Tそろそろ描こうよ」
キミは仕方ないなあという感じで、カーテンから姿をあらわす。ボクはいつものようにちょっと申し訳ないなあと思いながら、「きょうはこの辺りを描こうか?」
キミはやはり仕方ないなあって感じで、キミのアートが始まる。
いま描いているのは魚。描き始めてもう2ヶ月くらい。完成は近い。水の流れやあぶくを描きながらも、やっぱりカーテンの方をチラチラ。でも我慢してしてせっせ、せっせと筆を動かしている。
言葉にはしないけれど、「夜の電車をもっと見たいんだよ」ってキミの気持ちがボクには十分に伝わってくる。
「もう少し、もう少しで完成だね」と励まし、
それから「おー、できた!おっしまい!」とかける。
すると、キミは待ってましたとばかりにカーテンの後ろに駆け込む。それから顔をガラスに押し当て、出入りする電車を見続ける。
キミの世界では電車はどんな風に見えているんだろう?
時々、ボクもキミのそばに立って電車を見る。
電車は夜の暗がりから突然姿を現し、街の中を上手に泳ぎながら駅に近づいてくる。
まるで暗い夜空から降りてきた生きもの/魚のようだ。
輝く車窓がくねり、アニメのような動きに見とれる。
夜の街が全く違った世界に見える。
ボクのそんな気持ちをキミは知らない。
キミの気持ちをボクは知らない。
二人でいつか夜の電車について話せたらいいのだけれど・・・。