ムンクの風景

 

 「お、やる気満々だな」

 フェースの部屋に入ってきたKの顔を見て,もしかしたらいつもの作品とは違うのを描くかなと心が動いた。

 それがKとボクのアートの時間の始まり。

といっても、ボクは何をするわけでもない。

 Kは黙ってA4サイズの紙を取り出し、1cm位に小さくなったパステルがいっぱい入ったファスナー付の袋から、その日に使う色を5、6種類選び、並べていく。それから「よし準備完了!」といった具合に大きく息を吸い込む。そして両手をひらひらさせながら踊るようにジャンプする。

 「はあー、はーあ」部屋にKの息使いがあふれる。

 それは彼が表現に向かう儀式みたいにボクには思える。

 

 ジャンプが終わると、一気に制作に取り掛かる。

きょうはパステルの線が縦横に描きなぐられたものが下地になっている。その上にまず真っ黒い塔のようなものが、強く厚く描かれる。それはつき出した岩のようなものにも思える。頭からマントをかぶった人物にもゴッホの糸杉のようにも見える。

それから二つの土色の塊がためらいなく描かれ、さらにその右隣に暗緑色の何か、そして青のバケツに入った水のようなもの、黒の物体に突き刺さるようにシャベルのようなものがどんどん描き込まれていく。Kは確信をもって描いていく。

 さらに上空に雲?あるいは押し寄せてくる夜の時間のようなもの。白い二つの丸、宇宙に向かうロケットのような物体・・・ボクに分からないKの世界が思うままに展開される。

 何だろう?既視感がある。

 Kは出来上がった作品を片手でつまみ、ひらひらさせながら、またジャンプを始める。

 そして再び、新しい紙に同じものを描き始める。描いていく手順も描かれるものもほとんど変わらない。

 1時間の間に3枚、完成。それを机の上に並べて、息を荒げ、満足そうに見ている。

 

 「きのうから家で下絵の線を何枚も描いて、ふえーす、ふぇーすって言ってたんですよ。」お母さんがボクに教えてくれる。

 

ボクは嬉しくなる。フェースの時間に描く絵の下絵を一心に描いているKや寝床でどんな絵を描くのか想いを巡らせているKの姿を想像する。

 すると、ボクはKの想像力が深夜の空を飛び、北欧の夜を数多く描いたムンクの世界とつながりあっているような気がし始めた。既視感はムンクの北欧の暗い色彩と溶け出すような形態にあったのだ。

 150年もの時を超え、ムンクの世界/時間がここにもあるんだと思うとKの表現の持つ力に励まされる。

 

 *そういえば、Kがふだん描いているお地蔵さんのような埴輪や縄文土器のような人物像(多分?)もムンクの溶けるような人物像と重なっているような気もする。

 これについたてはまたの機会に触れてみたい。